紀伊國屋じんぶん大賞2025
(2023年11月~2024年11月出版の人文書/第15回)
紀伊國屋じんぶん大賞2025 大賞『非美学 ― ジル・ドゥルーズの言葉と物』
福尾匠さん特別寄稿じんぶん大賞 受賞の言葉
このたびは紀伊國屋じんぶん大賞という栄誉ある賞に選んでいただき、ありがとうございます。
『非美学』は博士論文をもとにしたドゥルーズについての研究書で、博論執筆とその改稿とで合わせて7年ほどかけて書いたのですが、その時間がこのようなかたちで報われて嬉しく思っております。本書はけっして読みやすい・わかりやすいタイプの本ではないかもしれませんが、本書の難しさは、少なくとも僕にとっては「考える」ということそのものの難しさであり、読者のみなさまには本書を思考のドキュメントとして受け取っていただけたのかなと想像します。
人文書の世界はいま、なかなか難しい局面に立たされていると思います。一方で、毎日のように話題がコロコロ変わり、そのたびに知識や価値観の「アップデート」を迫られるような世界に、書くのに数年かかるような噛み応えのある本は受け入れられにくいでしょう。他方でだからといって、「歴史」や「教養」や「大学」といった権威に寄りかかりつつ、専門的な内容をわかりやすく噛み砕いて伝えるというのも、必要なことではあるでしょうが、疑われているのがそうした権威である以上、対症療法的な効果しか持ちえないでしょう。そして実際、人文書の世界は、話題の高速回転としての〈喫緊〉と、権威としての知識がストックされる〈悠久〉とに引き裂かれており、「考える」ということのサイズ感を見失っているように僕には見えます。
『非美学』という本は、「哲学する」ということが実際何をどのようにすることであるのかということを考えた本です。そして僕はこの本で、「哲学する」ことについて、プロに対しては厳しい条件を突きつけつつ、アマチュアの、あるいは非専門家の方には条件を広く取ってもらうよう促すという、二重のスタンスを取っているのだと思います。
つまり、プロは、たんに昔のテクストを細かく注釈したり、すでにある理論を新しい話題に当てはめることに満足していてはダメです。それは結局〈喫緊〉と〈悠久〉の距離から利ざやを取っているだけです。しかし、それでは哲学書を読み込んで新たな理論を自分で作らないと「哲学する」ことはできないのかというと、そうではない。
難しい本を、理解はできていないかもしれないけどなぜか文章に引っ張られるように没頭して読んでしまうこと、日々の些細な出来事がきっかけで以前読んだ本がふと思い出されること、あるいはたとえば映画を観終わって、客席に明かりが灯った瞬間に、自分が受け取ったものの行き場のなさに戸惑うこと、そしてそうしたものすべてが自分というひとりの人間のなかで重なりあっていること。「哲学する」こと、あるいは「考える」ことは、こうした重なりのなかにしかないと思います。
僕の本が読者のみなさまそれぞれの、そうした重なりのなかのひとつになることができれば嬉しいです。
福尾匠(ふくお たくみ)
1992年生まれ。哲学者、批評家。博士(学術)。 初の著作『眼がスクリーンになるとき ゼロから読むドゥルーズ『シネマ』』(フィルムアート社刊)が人文書読者を中心に熱烈な支持を集め(「紀伊國屋じんぶん大賞2019」第5位)、文芸誌「群像」での連載「言葉と物」、哲学を売る試み「哲学の店 フィロショピー」を催すなど、常にその動向が注目を浴びている。2024年6月に刊行した『非美学――ジル・ドゥルーズの言葉と物』は、2021年3月に提出された自身の博士論文を約3年の歳月をかけリライト、確かな手つきで磨き上げられたドゥルーズ論=批評論。氏の“主著”と呼ぶにふさわしい力作となった。2024年11月には、著者のデビュー以来の批評=エッセイを一挙収録した『ひとごと――クリティカル・エッセイズ』を上梓。*プロフィールは当時のものです。
▶2025 小冊子 PDF版
選考評 紀伊國屋じんぶん大賞2025選考委員
確かに誰もにとって読みやすい本ではないですが、人文書を読むというのは多少「背伸びする読書」であって欲しいと考えます。通読できなくても、すべて理解できなくても、心を掴むフレーズや概念、新しい世界の見方の発見は、人文書を読むことの楽しみの一つです。その新鮮さと魅力、また多くの人にとって切実だと思われるテーマを備えた本書が、将来にわたって読み継がれていくことを期待し、書店員として強く推します。
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②紀伊國屋じんぶん大賞2025 選考評
わたしたち選考委員の顔ぶれは多様である。といっても社外の方にはあまり関係がないことなのだが、これを機に少しふれておきたい。研究者・研究機関・図書館の方々と日々仕事をさせて頂いている営業スタッフ、彼女/彼らを支える学術書・雑誌などの各専門バックアップ部隊(和洋問わず)、本社管理部門所属の者もいれば長く海外店に勤務している者……。また、国内店舗勤務者でも、その勤務地域や業務内容はまちまちである。
こうした顔ぶれで選考するとはどういうことだろうか、と自問する。例えば、日々研究者の方々と仕事をさせて頂いているスタッフが想定する「人文書」と、店頭で不特定多数の方に接客販売をさせて頂いているスタッフが想定する「人文書」では、「微細な差異」が存在する。選考の場では、それは時として穏やかに、時として激しく顕在化し、とらえどころのない何ものかとしてわたしたちを縛る。「人文書」なるものは決して自明なものではない。
しかし、そうした様々な現場で働いている選考委員でこの一年を振り返ってみると、それなりの意見の一致というものが見られるのだから、これは不思議なことではある。とはいえ、一致した意見の中からもれるものも少なくない。「選外の一冊」を各委員があげているが、一冊どころかあと何冊かでも、という思いはある。ここにあがっていない著作も含めたすべての「人文書」に敬意を表するとともに、2024年を彩った人文書ラインナップたらんと願ったものであることを記しておきたい。
紀伊國屋じんぶん大賞2025
(2023年11月~2024年11月出版の人文書/第15回)
*「紀伊國屋じんぶん大賞2025」は2023年11月以降に刊行された人文書を対象とし、2024年11月1日~11月30日の期間に読者の皆さまからアンケートを募りました。
*当企画における「人文書」とは、「哲学・思想、心理、宗教、歴史、社会、教育学、批評・評論」のジャンルに該当する書籍(文庫・新書含む)としております。
*推薦コメントの執筆者名は、一般応募の方は「さん」で統一させていただき、選考委員は(選)、紀伊國屋書店一般スタッフは所属部署(当時)を併記しています。

