紀伊國屋じんぶん大賞2017
(2015年12月~2016年11月出版の人文書/第7回)
紀伊國屋じんぶん大賞2017 大賞
『戦争まで―歴史を決めた交渉と日本の失敗』
加藤陽子さん 受賞コメント『戦争まで』が、読者のみなさんの投票によって、じんぶん大賞に選ばれたと聞き、本当に嬉しく思いました。いっぽう、これまでの受賞作を読みますと、人間はここまで考えてきた、だがここから先はわからないといった境界部分を、豊かに次の世代に伝える著作、あえて分類すれば、哲学、現代思想、社会学の領域の本が選ばれてきたとの印象があります。ならばなぜ、今回は歴史の本だったのでしょうか。
現在を生きる私たちは、季候変動や地震活動の活発化といった地球環境の変容に脅かされるいっぽう、藻類バイオマスや量子通信技術など、人間の手になる技術の進歩に目をみはりつつ暮らしています。ここ数年で我々が味わった変化は、あたかも、安全な熱帯雨林の樹上から、危険はあるものの広大なサバンナへと降りたった、数百万年かけて進展した過去の人類の歴史に匹敵するとさえ、私には思われます。
地球環境と人間の創意の相乗作用により、かくも急激な変化が起きているのが現代社会だとすれば、イギリスのEU離脱、アメリカでのトランプ大統領誕生など、専門家といわれる人々の予想がことごとくはずれた事態が現実に起きたとて不思議はありません。社会が急速に変容し、理解がそれに追いつかない時、ひとは目の前の選択肢を、身の安全や心の安心から選ぶものだからです。そして、不安や恐怖といった人間の感性は、長い進化の過程で人類が育んだものであり、論理や人工知能による推測が最も困難な領域でした。
予想外の事態を、例えば、世界で最も権威ある英語辞典を編纂してきたオックスフォード出版局が選んだ新語、ポスト・トゥルース(post-truth)の語を用いて説明するのも可能でしょう。ただ、人々が合理的とは思われない選択を行なった時、真実が軽んじられているといって現状を憂うる前に、なすべきことがあるように私には思われます。
私たちがどこへ行くのかを考えるには、私たちがどこから来たのかを考える、これが王道でしょう。危機を感じた時、人々はどのような選択をしてきたのか、これを考えるのが歴史です。私には、「歴史」に対する希求が社会の中に顕現してきたように感じられるのです。歴史の役割と醍醐味は、過去を正確に描きながらも、未来を創り出す力があるところだと思います。連続講義に参加してくれた中高生と一緒に作ったこの本が、その一つの試みとなっていれば、これに過ぐる喜びはありません。
加藤陽子(かとう・ようこ)
1960年、埼玉県生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科教授。89年、東京大学大学院博士課程修了。山梨大学助教授、スタンフォード大学フーバー研究所訪問研究員などを経て現職。専攻は日本近現代史。2010年に『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』(朝日出版社/のちに新潮文庫)で小林秀雄賞受賞。主な著書に『模索する1930年代』(山川出版社)、『徴兵制と近代日本』(吉川弘文館)、『戦争の日本近現代史』(講談社現代新書)、『戦争の論理』『戦争を読む』(共に勁草書房)、『満州事変から日中戦争へ』(岩波新書)、『NHK さかのぼり日本史②昭和 とめられなかった戦争』(NHK出版)、『昭和天皇と戦争の世紀』(講談社)などがある。*プロフィールは当時のものです。
紀伊國屋じんぶん大賞2017
(2015年12月~2016年11月出版の人文書/第7回)
*「紀伊國屋じんぶん大賞2017」は2015年12月~2016年11月に刊行された人文書を対象とし、2016年11月7日~12月6日の期間に読者の皆さまからアンケートを募りました。
*当企画における「人文書」とは、「哲学・思想、心理、宗教、歴史、社会、教育学、批評・評論」のジャンルに該当する書籍(文庫・新書含む)としております。
*推薦コメントの執筆者名は、一般応募の方は「さん」で統一させていただき、選考委員は(選)、紀伊國屋書店一般スタッフは所属部署(当時)を併記しています。

