紀伊國屋じんぶん大賞2020
(2018年12月~2019年11月出版の人文書/第10回)
紀伊國屋じんぶん大賞2020 大賞
『居るのはつらいよ ケアとセラピーについての覚書』
東畑開人さん 特別寄稿「人間」という巨大な世界に向き合う
紀伊國屋じんぶん大賞の受賞、格別な思いでいます。その理由を以下に書きます。
僕の専門分野は臨床心理学です。この学問はここ20年で着実に専門化を遂げてきました。公認心理師という国家資格ができて、心の専門家になるための訓練制度やカリキュラムが整備されました。僕らは膨大な専門用語を習得し、専門的な技法を身につけるようになりました。
そのことは基本的には良きことです。心という傷つきやすいものを扱ううえで、きちんとしたトレーニングがなされて、プロフェッショナルとしての倫理を内面化することは不可欠なことだからです。
だけど、そのことによって臨床心理学は少しずつ「人文」から離れていったように思います。
かつて臨床心理学の書物は「人文」の世界にたしかに存在していました。しかし、それは徐々に純粋な専門家向けの本か、セルフヘルプに役立つユーザー向けの本かに引き裂かれていきました。その両者のあわいである「人文」の色彩が薄くなっていったように思うのです。
専門化するとは、つまりそういうことです。
しかし、僕らの仕事は本質的には人文的なものです。なぜなら、「心」というものの性質上、僕らの仕事は「人間が生きていくこと」に関わらざるをえないからです。それはまさに〝Humanities=人文〟の領域です。
実際、『居るのはつらいよ』で取り上げたのは、僕らの業界では多くの人が知っている基礎的な概念や理論ですが、それらの知を学んだとき、僕はただ専門家として知識を習得しているという以上に、人間についてのなにがしかに触れているという実感をもっていました。そして多くの同業者と同様に、それこそがこの学問の魅力だと感じていました。
今回の受賞が格別であったのは、そのような人文知としての臨床心理学の蓄積を、多くの人と共有できた証のように思ったからです。
僕らは小さな場所で仕事をしています。小さな施設で、小さな部屋で、小さな声で。だけど、そこには「人間」という巨大な世界が広がっています。そういうことを語ることができる臨床家であれるよう、これからもこの仕事に向き合っていきたいと思っています。
©千葉雄登東畑開人(とうはた・かいと)
1983年生まれ。京都大学大学院教育学研究科博士課程修了。沖縄の精神科クリニックでの勤務を経て、2014年より十文字学園女子大学へ。准教授。2017年に白金高輪カウンセリングルームを開業。臨床心理学が専門で、関心は精神分析・医療人類学。主な著書に、『美と深層心理学』京都大学学術出版会、『野の医者は笑う』誠信書房、『日本のありふれた心理療法』誠信書房がある。本書『居るのはつらいよ』で、第19回大佛次郎論壇賞受賞。*プロフィールは当時のものです。
紀伊國屋じんぶん大賞2020
(2018年12月~2019年11月出版の人文書/第10回)
*「紀伊國屋じんぶん大賞2020」は2018年12月~2019年11月(店頭発売日基準)に刊行された人文書を対象とし、2019年11月1日~12月10日の期間に読者の皆さまからアンケートを募りました。
*当企画における「人文書」とは、「哲学・思想、心理、宗教、歴史、社会、教育学、批評・評論」のジャンルに該当する書籍(文庫・新書含む)としております。
*推薦コメントの執筆者名は、一般応募の方は「さん」で統一させていただき、選考委員は(選)、紀伊國屋書店一般スタッフは所属部署(当時)を併記しています。

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