「Z世代」という言葉を、最近メディアやSNSでよく見かけないだろうか。1990年代後半~2010年代前半に生まれた若者たちを指すこの言葉。
ぼんやりとしか知らない人、世代でくくるなんてバカバカしいと思っている人、最近の若者は~と思っている人、もちろん私のことだ!という人まで。さまざまな年齢・スタンス・ジェンダー……の人に読んでほしい一冊が『世界と私のAtoZ』。
1997年生まれ、カリフォルニア州出身の新星ライターが紡ぐ言葉に、耳を、目を、傾けてみてほしい。
1997年生まれ、カリフォルニア州出身。そのリアルな発言と視点が注目され、あらゆるメディアに抜擢されているZ世代の新星ライター。
「カルチャー×アイデンティティ×社会」をテーマに執筆。「音楽と社会」を結びつける活動を行い、日本と海外のアーティストを繋げるエージェントとしても活躍。
初の著書となる本書は、文芸誌「群像」での連載中からSNSを中心に大きな話題を呼んだ。
( ↓ ↓ ↓ 著者・竹田ダニエルさんからコメントをいただきました! ↓ ↓ ↓ )
「世代で括った本なんて馬鹿らしい」「日本のZ世代は違う」「世代論なんてくだらない」 そういうことを言って勝手に本の内容を決めつける前に、「はじめに」が「大人の求めるZ世代像への違和感」という副題であることを知っていただきたい。
価値観が多様で、流動的で、そして矛盾しているのがZ世代。たくさんの社会問題と向き合いながらも、ファストファッションを買ったり、ヴィーガンではなかったり、決して完璧ではない。矛盾を抱えていて、常に自問自答し、「生きづらさ」と「罪悪感」を感じて生きている。この感覚こそが、「自分たちはいつでも学んで改善できる」という姿勢につながっているのだ。さらにいえば自分自身が間違う可能性や矛盾を抱えながらも、それを自覚して学んでいこうという姿勢は年齢や世代を問わず重要なのであり、逆にZ世代を消費して、資本主義に回収しようとするのはZ世代的な価値観と相容れない。「Z世代は〇〇」と、わかりやすい切り口で世代ごとに括ることこそ表面的であり、Z世代的な価値観を学びたいのであれば、その本質を当事者から導き出し、世代を超えて連帯する必要がある。
ミレニアル世代もX世代もブーマー世代も、Z世代と同じように、環境問題について変化を起こしたいと思っているし、理不尽な性差別やジェンダーロールに悩んでいる人も多い。つまり「Z世代的価値観」を年代問わず本来ならば共有できるはずなのだ。上の世代が「若い子を応援したい」という気持ちでZ世代に「代弁」をさせる社会ではなく、「過去の自分に経験させてあげられなかった社会をつくりたい」と、いち当事者として考えてはじめて社会の「変化」が生まれるのではないだろうか。誰もが同じ社会で生きている以上、どんな社会問題であっても、最終的には自分にも戻ってくるのだから。
アメリカのZ世代はポスト9.11の世代。生まれた時からなんとなく物騒な世の中で、小学校の頃から銃乱射事件が起きたときの訓練をさせられる。初の黒人大統領が誕生し、同性婚も合法化された。人種、ジェンダー、セクシュアリティにおいても最も多様で、団結力も影響力も大きい。日本のZ世代とは別物であることは、確かに事実である。しかし、彼らも、日本のZ世代と同じように、「絶望」と「希望」のはざまで生きているのだ。