紀伊國屋じんぶん大賞2021 大賞
『ブルシット・ジョブ–―クソどうでもいい仕事の理論』デヴィッド・グレーバー
訳者 酒井隆史さん 特別寄稿「受賞のことば」
デヴィッド・グレーバーが好んだフレーズに「資本主義とはコミュニズムのまずい組織化である」というものがあります。ここにはかれの破格の視野の捉えた世界、挑発的な常識転覆法、支配的言説ルールの破壊をおそれぬ勇気ある精神のすべてが集約されているとおもいます。「資本主義」もコミュニズムという人類にとっての普遍的基盤なしに一ミリも作動することはない。かれは資本主義そして国家が知にとって不可侵とされていく世界において、それを根源から問うことをやめませんでした。そのような精神が「ブルシット・ジョブ」という破天荒のアイデアを大展開させたのです。とはいえ人文的な知に携わるひとならば、多かれ少なかれこのフレーズは実感できるとおもいます。わたしたちの人文知は「能力に応じて(貢献し)、必要に応じて(利用する)」という原則によって成立しているからです。これまでのすべての知に著作権が付与され使用に対価が必要だったとしたら、あるいは本の売り上げ、著者の「人気」がそのまま知としての価値に直結する世界であれば、おそらく人文知の発展はなかったでしょう。かれのテキストほど「人文知の力能」を感じさせるものはありませんでした。そこでは、見慣れた名よりは個別領域における地道な発見や発展、それに人類のあらゆる実践と知が取り上げられ、この世界のおそるべき豊かさが浮き彫りにされていました。しかし、訳者がかつて日本の人文知に感じていたのもこれだったようにおもいます。だからくすんだ古書店が輝いてみえていたのだ、と。藤田省三は敗戦直後の日本史学者たちに言及しながらこういいました。そこでは「未来のあるべき姿に仕えようとする精神に満ち満ちて」おり、そのような精神の彩りが知に弾みを与えていた、と。世界をみれば、このような「ユートピア」の精神が人文知をふたたび彩りつつあるようにおもいます。グレーバーはその大きな転換のひとつの声だった。それが日本語環境で多くの読者をえたのは、なんらかの変化を示唆しているのであろう。そうねがっています。
©Aadam Peers
デヴィッド・グレーバー
1961年ニューヨーク生まれ。文化人類学者・アクティヴィスト。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス教授。著書に『アナーキスト人類学のための断章』『資本主義後の世界のために─新しいアナーキズムの視座』『負債論─貨幣と暴力の5000年』『官僚制のユートピア─テクノロジー、構造的愚かさ、リベラリズムの鉄則』『民主主義の非西洋起源について─「あいだ」の空間の民主主義』(すべて以文社)、『デモクラシー・プロジェクト─オキュパイ運動・直接民主主義・集合的想像力』(航思社)など。
酒井隆史(さかい たかし)
1965年生まれ。大阪府立大学教授。専門は社会思想、都市史。著書に『通天閣─新・日本資本主義発達史』(青土社)、『暴力の哲学』『完全版 自由論─現在性の系譜学』(ともに河出文庫)など。訳書にグレーバー『負債論』(共訳)、『官僚制のユートピア』(ともに以文社)のほか、マイク・デイヴィス『スラムの惑星─都市貧困のグローバル化』(共訳、明石書店)など。
芳賀達彦(はが たつひこ)
1987年生まれ。大阪府立大学大学院博士後期課程。専攻は歴史社会学。
森田和樹(もりた かずき)
1994年生まれ。同志社大学大学院博士後期課程。専攻は歴史社会学。
「紀伊國屋じんぶん大賞」は、おかげさまで第11回目を迎え、今回も読者の皆さまから数多くの投票をいただきました。誠にありがとうございます。投票には紀伊國屋書店社内の選考委員、社内有志も参加いたしました。投票結果を厳正に集計し、ここに「2020年の人文書ベスト30」を発表いたします。
* 2019年12月~ 2020年11月(店頭発売日基準)に刊行された人文書を対象とし、2020年11月1日( 日)~12月10日(木)の期間に読者の皆さまからアンケートを募りました。
* 当企画における「人文書」とは、「哲学・思想、心理、宗教、歴史、社会、教育学、批評・評論」のジャンルに該当する書籍(文庫・新書含む)としております。
* 推薦コメントの執筆者名は、一般応募の方は「さん」で統一させていただき、選考委員は(選)、紀伊國屋書店一般スタッフは所属部署を併記しています。
▶ Kinoppy電子書籍 一覧はこちら
▶『キノベス2021・紀伊國屋じんぶん大賞2021 共同小冊子』(PDF版)
▶『キノベス2021・紀伊國屋じんぶん大賞2021 共同小冊子』(Kinoppy電子書籍版)
▶これまでの「じんぶん大賞」
▶「じんぶん大賞」Twitter公式アカウント(@jinbuntaisho)