キノベス!2008 第1位『出星前夜』
飯嶋和一さん 特別寄稿クリスマスの贈りもの
北風が冷たく、東南の夜空にオリオンが若々しい光を投げかけてくる。住宅街の植え込みにイルミネーションがともり、ドアを飾ったリースがクリスマスシーズンを告げている。
四年ぶりの新作『出星前夜』の初校ゲラを手にしたのは、去年のちょうど今頃だった。住んでいた団子坂のアパートはエレベーターがなく、編集の菅原さんが、大きな紙袋に紙束を入れて五階の部屋まで運んできてくれた。底冷えのする日曜日の深夜だった。
自分の作品が、読者の手に届く時には、これ以上は無理だと思えるところまで手を入れ、少しでも完成度を高めて送り出したい。そのためには時間をかけなくてはならない。そんな身勝手を理解し援助してくれる出版社と、何より信頼できる編集者が必要だった。今回の作品は、去年の夏に脱稿した時、本になったものより二百枚ほど長いものだった。彼は、結局五回の校正ゲラを取ることとなり、ほぼ一年がかりで現在の形に仕上げてくれた。彼とは、出会いから二十一年もの歳月が流れた。
ミルキィ・イソベさんとの出会いは、十五年前の『雷電本紀』を出版した時だった。これまで発表できた書き下ろしの五作品は、すべて彼女の手によってブックデザインが施され世に出るという幸運に恵まれることとなった。多忙を極める彼女が頸椎を傷められたと耳にしたのは、前作『黄金旅風』の時だった。
校正は、今回も高瀬さんがあたって下さった。彼女には、八年前の『始祖鳥記』以来お世話になっている。出産と育児に加え、今回も煩雑な作業の連続で腱鞘炎を悪化させることになってしまった。
思いがけず『出星前夜』が、「キノベス」に選ばれた。その朗報は、愚かな小説書きと出会ったがために、過剰な骨折りを担わされることになってしまった本づくりのプロフェッショナルたちへの、温かな贈りものだと、私には思われた。
飯嶋和一 (いいじま かずいち)
1952年山形県生まれ。1983年「プロミスト・ランド」で小説現代新人賞、1988年「汝ふたたび故郷へ帰れず」で文藝賞受賞(二作は小学館文庫『汝ふたたび故郷へ帰れず』所収)。他の著書に『雷電本紀』『神無き月十番目の夜』『始祖鳥記』『黄金旅風』(いずれも小学館文庫)がある。*プロフィールは当時のものです。
キノベス!2008
(2007年10月~/第6回)
*推薦コメントの執筆者名に併記されている所属部署は当時のものです。現在は閉店している店舗もあります。