キノベス!2026
(2024年12月~2025年11月出版の新刊/第23回)
キノベス!2026 第1位『世界99』(上・下)
村田沙耶香さん特別寄稿『世界』を書いている時間は、私にとって不思議なものでした。
連載という形式で初めて小説を書きました。連載では、自分の書いた文章が、毎月小説になって空にあがっていき、もう自分の筆では触れられない場所へ行ってしまいます。いっぺんに書いて完成させる小説と違って、小説という手に負えない生き物の成長時期に、その珍妙な存在のそばで飼育員の自分が暮らしているような、奇妙な時間でした。
書きながら、これは奇書だ、という言葉を自分の支えにしていました。これが本になるとき、きっとそれはすごく変な物体なのだろう。得体の知れない、悍ましい毒きのこみたいなもので、触れようとする人は滅多にいないに違いない。でも、世界中に3人か、もしかしたら5人くらい、この誰も近寄らない毒きのこに触れたり、うっかり口に含んでくれるひとがいるかもしれない。なんとなくそう感じていました。
その感覚は正直にいうと今でも続いています。なので、この小説が本になったとき、いろんな本屋さんで展開してくださっているのを見て、とても驚きました。自分が小説を書いている実験室の中に、新鮮な空気がたくさん入ってくるような感覚に襲われました。
ご近所の方に、「あの紀伊國屋さんに行きましたか?」と聞かれ、実はたまたまよく行く本屋さんなので既に売り場を見て密かに感動していたのですが、「い…え……」と答えてしまい、「見た方がいいですよ、絶対に!」と熱心に言っていただいたこともありました。
私は、本屋さんの売り場を見るのが好きです。自分の作品に限らず、あるひとつの小説から、新しい言葉、色彩、イメージ、発想、がにょきにょき生えてきている様子をこの目で見ている、という気持ちになります。『世界』のそばに並ぶ、言葉や、形や、色彩を眺めると、うれしさと共に、自分の実験室に発生した小説を読んでくださったひとから発生したものが形になってそこにあるように感じ、率直に胸を打たれました。
奇書なのに。毒きのこなのに。
書き終えて空にあがっていった本は、いつも私の手に負えません。それを食べて、新しい言葉を世界に発生させてくださったことが、私には本当にうれしい、物凄く意外なできごとでした。
お知らせを頂いたときもとても驚き、「もしかしたら妄想かもしれない」と思いました。
もう新しい作品を書いている私ですが、『世界』という毒きのこから生えた未知の言葉を受け取って、読んで、食べて、また新しい毒きのこが生えてくるようにがんばります。次の作品への栄養をくださって、本当にありがとうございました。
撮影/藤岡雅樹村田沙耶香(むらた・さやか)
1979年千葉県生まれ。玉川大学文学部芸術文化学科卒。
2003年「授乳」で群像新人文学賞(小説部門・優秀作)受賞。
2009年『ギンイロノウタ』で野間文芸新人賞、2013年『しろいろの街の、その骨の体温の』で三島賞、2016年「コンビニ人間」で芥川賞、2025年『世界99』で野間文芸賞受賞。
著書に『マウス』『星が吸う水』『ハコブネ』『タダイマトビラ』『殺人出産』『消滅世界』『生命式』『変半身』『丸の内魔法少女ミラクリーナ』『信仰』などがある。*プロフィールは当時のものです。
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(2024年12月~2025年11月出版の新刊/第23回)


