キノベス!2013
(2011年12月〜2012年11月出版の新刊/第10回)
キノベス!2013 第1位『ふくわらい』
西加奈子さん 特別寄稿プロレスラーを書きたいな、と思っていました。スター選手ではない、自分の才能や体力の限界を知っているレスラーです。彼らは、「八百長だ」、「スポーツじゃない」などという、ある種の胡散臭さを引き受け、野次られながら、リングに立ちます。そして自分の人生だけでなく、観客の人生をも背負って、傷だらけで、本当に傷だらけで戦います。そんなレスラーの、深い哀愁と人間臭さを体言した人間が、守口廃尊です。そして、哀愁や人間臭さを、まったく知らずに育った人間、だからこそ知らぬ強さで、全てをまっすぐ受け入れる人間が、鳴木戸定です。彼女は廃尊のように、体を使って戦いはしませんが、まっすぐな分、やはり傷だらけで、生きています。
私はふたりのことを、心から慕い、焦がれながら書きました。ふたりがあまりにも眩しすぎて、時折、著者である自分から、遠く離れた場所へ行ってしまうこともありました。ですが、定が思う「顔って何だろう?」、廃尊が思う「言葉って何だろう?」、そして二人が思う、「自分はどうして、あの人でも、猪木でもなく、自分だったのだろう?」という疑問は、まぎれもなく、私が思っていることでした。
私は、自身の疑問をふたりに委ね、だから物語に寄り添い、時々泣きながら、「ふくわらい」を書きました。完成したときも泣きましたが(照)、それは「小説を書き終えた」という感慨より、「自分が自分で産まれてきたこと」に、その、まるっきり奇跡みたいな事実に、圧倒されたのだと思います。
「ふくわらい」が、こんな素晴らしい賞の1位になれたことも、大きな大きな奇跡です! もちろん、1位になったことは、本当に嬉しいことですが、私は何より、皆さんが、皆さんの体と心で、この本を読んでくださったことを、ずっと考えています。ずっとずっと考えています。「あなた」として生きていてくださって、本当に、ありがとうございます。西加奈子 (にし かなこ)
1977年テヘラン生まれ。関西大学法学部卒業。2004年『あおい』でデビュー。05年『さくら』が25万部を越えるベストセラーになる。07年『通天閣』で織田作之助賞受賞。著書に、『白いしるし』『円卓』『漁港の肉子ちゃん』『地下の鳩』『ふくわらい』『ふる』など多数。*プロフィールは当時のものです。
キノベス!2013
(2011年12月〜2012年11月出版の新刊/第10回)
*推薦コメントの執筆者名に併記されている所属部署は当時のものです。現在は閉店している店舗もあります。