キノベス!2021 第1位『滅びの前のシャングリラ』
凪良ゆう さん 特別寄稿1999 年の7月、世界は滅びる――物心ついたときにはノストラダムスの大予言が人生の大設定としてあったわたしにとって、人類滅亡というテーマは慣れ親しんだものだった。いつか書きたいと願う一方で、その重さに腰が引け、なんだかんだ先延ばしにしていたものを、よし書こうと決めたのが2019 年の春先のこと。
今回、作家になって初めて派手に〆切りをやぶった。わたしの小説に世界を救うヒーローは登場しない。だから書くなら全員死ぬ。わかっていたのに、いよいよ小惑星が落ちてくるというラスト3ページで書く手が止まった。まだ死んだことがないわたしが、全人類の死を書くということ。いざ直面して初めて、その重みがわかる。あと一ヵ月と命の期限を切られた小説の中の人物たちと同じく、わたしもパニックに呑まれていった。2ヶ月近くも停滞し、たくさんの方たちから助言をいただき、やっと最後の句点を置いたとき大泣きしたのを覚えている。「ちゃんと終われた」まだ物語の世界から抜け出せていなくて、それは同じく最期を迎えた登場人物たちの心の声だったのかもしれない。
無から有を生み出す初稿が一番しんどい。それを切り抜けた安堵も束の間、新型コロナウイルスが世界を壊していった。書店も出版社も作家も右往左往する中で『滅びの前のシャングリラ』の刊行スケジュールが決まっていく。待って待って、この状況で人類が滅亡する物語を出していいの? 刊行は見合わせたほうがいいんじゃない?「でもこれは絶望の物語ではないので」みたいなことを担当さんは言ってくれた。そうか。そうだね。でも怖い。
混乱と不安ばかりの中、プルーフを読んでくださった書店員さんからの声がどれだけありがたかったかわからない。「コロナ禍の今だからこそ読んでほしい」という感想を見たときは涙がにじんだ。そしていただいた「キノベス!」1位のお知らせ。
世界を救うヒーローは現れない。それでも物語に込めた希望の欠片を拾ってくださってありがとうございます。この本を『今』出せてよかった。心より感謝を込めて。
Ⓒ内藤貞保凪良ゆう(なぎら ゆう)
滋賀県生まれ。2006 年、「小説花丸」に「恋するエゴイスト」が掲載されデビュー。以降、各社でBL作品を刊行。17年、非BL作品である『神さまのビオトープ』を刊行し高い支持を得る。20年『流浪の月』で本屋大賞を受賞。*プロフィールは当時のものです。
▶2021小冊子 PDF版/Kinoppy電子書籍版 ▶贈賞式(2021年2月18日)*受賞者コメント動画
キノベス!2021
(2019年12月〜2020年11月出版の新刊/第18回)
*推薦コメントの執筆者名に併記されている所属部署は当時のものです。現在は閉店している店舗もあります。