🏅歴代 キノベス!
キノベス!2018 第1位『R帝国』
中村文則さん 特別寄稿一冊の本が、一粒の種子のように
一冊の本で、どれだけ世界を変えられるだろうと、最近特に、考えます。
変えられるわけないだろ、と言われればそれまでですが、1ミリくらいなら、変えられないでしょうか。いや、2ミリくらいなら。そんなことを、考えます。
日本だけでなく、世界全体が排他的に、不寛容に、抑圧的になっている時代。このような時代の中で、作家として、何ができるでしょうか。もちろん、そんなことを考えなくても、作家活動はできます。正直、その方が、安泰だったりします。でも作家が、今の世の中の流れに危機感を覚えているのに、それを書かないのであれば、それは読者に対する裏切りだと思いました。
ザミャーチンの『われら』、ジョージ・オーウェルの『一九八四年』など、世界文学には、ディストピア小説と呼ばれるジャンルがあります。日本の作家が書くならこれだろう、というイメージがずっとあり、それを躊躇なく、表現していきました。作中に「委縮は伝播する」という文章が出てきます。誰かが委縮すると、それは遠い他の誰かの小さな勇気まで、挫いてしまうことがある。委縮した小説など、意味がありません。作家になった時から、覚悟は当然持っていました。それがつまり、作家という職業だからです。
一冊の本が、地面に落ちた一粒の種子のように、その後少しずつ広がっていく。世の中を劇的に変えることはできなくても、何かのブレーキになったり、0・01度くらい進む方向を変えたりすることは、できるのではないか。書いている最中、ずっとその想いでした。本には、本にしかできない、役割があります。
刊行後、多くの人達が、この本を後押ししてくれました。そんな僕の考えとは別に、純粋に、物語の展開が面白いという声も多く、励みにもなりました。
この度の「キノベス!」1位、本当に嬉しいです。特にこの本でそうなったことに、今とても感動しています。選んで下さった方々に深い尊敬を込めて、心から感謝を伝えたいです。ありがとうございました。
photo by kenta yoshizawa中村文則 (なかむら ふみのり)
1977年、愛知県生まれ。福島大学卒業。2002年『銃』で新潮新人賞を受賞しデビュー。04年『遮光』で野間文芸新人賞、05年『土の中の子供』で芥川賞、10年『掏摸(スリ)』で大江健三郎賞を受賞。
『掏摸(スリ)』の英訳が米紙ウォール・ストリート・ジャーナルの2012年年間ベスト10小説に選ばれる。14年、アメリカでデイビッド・グディス賞を受賞。16年『私の消滅』でドゥマゴ文学賞受賞。作品は世界各国で翻訳され、支持を集め続けている。著書に『何もかも憂鬱な夜に』『王国』『去年の冬、きみと別れ』『教団X』などがある。*プロフィールは当時のものです。
キノベス!2018
(2016年12月〜2017年11月出版の新刊/第15回)
*推薦コメントの執筆者名に併記されている所属部署は当時のものです。現在は閉店している店舗もあります。